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愛宕古道街道灯し&化野念仏寺千灯供養

8月23日、京都奥嵯峨に行ってきました。
化野念仏寺の千灯供養、それに合わせて行われる愛宕古道街道灯しです。

愛宕古道街道灯しは、瀬戸内寂聴さん、嵯峨野保勝会、京都嵯峨芸術大学と、地元の方で作りあげているお祭りです。
今年は20周年とのことで、灯しの点火式から見学してきました。

街道灯しの北の端、鳥居本の一の鳥居からです。

点火式で、20年前初回の際の瀬戸内寂静さんの言葉の紹介がありました。
「まずは20年続ける。20年続けば、それは平和な時代だということ・・・。」
そして今年は20年目、重いお言葉です。





点火式の後、子供達の提灯行列です。










街道沿いには、大小様々な提灯が並びます。



























途中、化野念仏寺では千灯供養が行われています。

ここでは、とにかく手をあわせたくなります。





日本人以上に日本人な外国の方










また、街道に戻ります。

























最後は、嵯峨清凉寺の仁王門前。鶴亀の提灯です。





愛宕街道古道灯し、毎年訪れさせてもらってますが、昨年まではだんだんと人も少なくなり、ちょっと寂しい思いでした。
今年は20年ということか好天の日曜といことか、たくさんの方が来られていました。
次の20年へ、いつまでも続けて欲しいイベントです。


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滋賀県日野 火ふり祭

少し時間が経ってしまいましたが、
8月14日滋賀県日野町の火振り祭りに行ってきました。

100名を超える人々が松明を手に行列し、最後には松の木を目がけて松明を投げ上げるという勇壮な祭りです。
お盆の14日、15日に行われ、先祖の霊を慰めるとともに秋の豊凶を占います。


祭りの開始は、地域の五祭神を祀る五社神社からです。







「盃の儀」提灯の明かりだけで行われます。 とても幻想的です。

 





祭事には、日野祭りのお稚児さんも参加されます。





五社神社境内の火種から、松明に火を点けます。






松明を手に、行列を作って、約500m離れた「ひばり野」を目指します。





ここで、子供達が竹の棒で、松明の火を叩きます。
燃えすぎる松明の火を抑える重要な役目です。





必死に竹棒をふる子供達・・・





とっても楽しそう・・・














「ひばり野」に着いた松明行列は、広場の中央の松の木々を取り囲みます。
そして合図の後、松の木目がけて、松明を投げ上げます。






松の木の枝に、燃える松明の火がひっかかるほど、豊作になると言われています。
火振り祭りは、8月14日と15日、14日はお盆の迎え火、15日は送り火の意味もあるそうです。
とっても勇壮で楽しいお祭りです。

大覚寺 宵弘法

8月20日、弘法大師の月命日の前日、大覚寺で宵弘法が行われました。
大沢池の中に設けられた護摩壇に火を点し、弘法大師や先祖供養を行います。
お盆の時期に行われることから、嵯峨の送り火とも称れています。


火が点される大沢池は、この時期、たくさんの蓮の花で覆われています。





灯籠が船から流されます。















大沢池の中の護摩壇に向かって設けられた祭壇で、法要が行われます。







大沢池の護摩壇に火が点けられました。













花背 松上げ 後編

8月15日、花背の松上げ、前回の続きです。
男衆が、お堂を出てを会場となる灯籠木場(とろきば)目指します。






 手には松明、腰には上松
(上松は、ヒノキの割木を束ねて荒縄をつけたもの、
  松上げで火を点けて投げ上げます)










男衆の行列が、灯籠木場に入ります。








灯籠木場には、約1000本の地松と呼ばれる松明が並べられています。
この地松に火が移されます。






会場一面が炎の海です。





いよいよ、松上げ開始です。
上松に火を点け、くるくると振り回して、大籠目指して投げ上げます。





地上ではくるくると炎の輪っか、空中は炎の放物線
綺麗な炎の軌跡です!






上松が大籠に入ると、拍手と歓声が沸きます。






一つ二つと上松が大籠に入ると、大籠も炎に包まれ燃え上がります。









大籠が燃え尽きる頃、長い灯籠木ごと倒されます。






松上げが終わると、男衆は伊勢音頭を唄いながら、お堂に戻ります。








花背 松上げ 前編

8月15日、京都花背の松上げに行ってきました。

松上げは、京都洛北の山村に伝わる火の祭典です。

会場となる灯籠木場(とろきば)と呼ばれる広場です。
松上げの目標となる大籠は直径2m以上の大きなもの、
長さ20mを超える灯籠木で会場の真ん中に高く掲げられます。










神事の開始は春日神社から





愛宕社から授かった小さな火種

















この小さな火種から、松明に火を点します。











春日神社の前に松明が並べられました。






火種から火を点けられた2本の松明と提灯が、
たくさんの男衆が待つお堂に向かいます。





松上げの本番は、次回紹介します。

京の七夕 堀川会場

京都の夏の恒例行事、京の七夕。
今年はもう終わってしまいましたが、堀川会場の様子です。
             (撮影日:8月1日)













































みなと神戸海上花火大会

8月8日、みなと神戸海上花火大会に行ってきました。
ポートアイランドしおさい公園からです。
一般観覧席では三脚の使用が禁止で、三脚の使用は許可された専用エリアからです。












































祇園 八朔

8月1日、祇園で「八朔(はっさく)」が行われました。
八朔は旧暦の8月1日を指し、京都の花街では、芸舞妓さんが、正装の黒紋付き姿で、芸事の師匠やお茶屋さんに挨拶回りをします。



















































祇園祭 還幸祭


祇園祭、随分時間が経ってしまいましたが、祇園祭還幸祭です。

山鉾があまりにも絢爛豪華なため、祇園祭と言えば山鉾と思っている人の方が多いのでは。
でも本来、山鉾は御神輿の渡御に先立ち、都大路を祓い清めるためのもので、
神輿渡御が祇園祭の主体です。
祇園祭の御神輿は、7月17日、前祭の山鉾巡行の後、
神幸祭として、八坂神社を出て寺町より東の氏子域を巡行して、
四条寺町の御旅所に入られます。

四条寺町の御旅所です。
中御座神輿、東御座神輿、西御座神輿の三基の神輿が祀られています。




  
7月24日、後祭の山鉾巡行が終わった夕刻、
三基の御神輿は、還幸祭として、御旅所を出て寺町より西の氏子域を巡行してから、
八坂神社へお戻りになられます。















二条城の南にある神泉苑
平安京の頃より祈祷の地です。
貞観11年(869)に京をはじめ日本各地に疫病が流行した時、
神泉苑に当時の国の数の66本の鉾を立て、災厄の除去を祈ったことが
祇園祭の起源とされています。
祇園祭の還幸祭の際、中御座神輿が、この神泉苑を訪れます。
























祇園祭 花笠巡行

まだまだ祇園祭の記事が続きます。

花傘巡行
山鉾巡行が1966年に前祭と後祭が統合されて17日のみの巡行になったことに際し、
行われなくなった24日の巡行に代わり、花笠巡行が行われようになりました。
24日の後祭の山鉾巡行が復活した昨年からは、山鉾巡行と花傘巡行が同時に行われています。
花傘巡行は、八坂神社を出発、お旅所、京都市役所などを巡り、八坂神社に戻ります。


後祭の山鉾巡行を見た河原町御池です。
後祭の巡行が行ってしまって、少しすると、花笠巡行列がやってきました。

















花街の芸舞妓さんも華を添えます









八坂神社に戻ってきました。





この後、舞台で様々な奉納演舞が行われます。

























豪華絢爛な山鉾巡行に、勇ましい神輿渡御に加えて、華やかな花傘巡行です。
後祭の復活で花傘巡行はなくなるのではと心配したのですが、
今年も見ることができました。

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masato

Author:masato
お祭りや季節の風景の写真を撮っています。

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